自分を愛するためのレッスンに終わりがない理由

自分を愛する
この記事は約6分で読めます。
スポンサーリンク

自分の事を好きになる。
その旅に終わりがあるのか・・・というと、僕は”ない”と思っています。

螺旋階段のように、グルグルと周りながら少しずつ高度が上がっていく。

足踏みをしているようで、気付けば、そこから見える景色が変わっていた。
気が付けば結構高いところまで来ていたな・・・と思う。

目の前にはまだ階段が続いていて、まだまだ登れるようだ。
よし登ってみようか。

そんな事を繰り返していくのだと思っています。
「自分を好きになる」という事に終わりはありません。

スポンサーリンク

自分を好きになるためのレッスンに終わりがない3つの理由

自分を好きになる事に終わりはない

自分を好きになろう。
そう決めて、学んで実践して・・・を繰り返し、気がづけば2019年現在で5年以上の時間が経過しています。

5年も経過していると、相当自分の事を好きになったと思うでしょ?
5年前の自分と同じ事では悩まないんだろうな・・・とか思うでしょ?

余裕で同じような事で悩みます。

以前よりは自分の事を好きになってはいます。
これは確信を持って言えます。

でも、その思いには波があります。

今日の「好き」と昨日の「好き」。
比較すると、昨日のほうが強かったんじゃないかな?と思う事はよくあります。

もちろん逆もあります。
昨日の自分よりも今日の自分のほうが好きだと確信を持てる日はあります。

ただし、1年前の自分より今日の自分のほうが好きだという想いは確信があります。

3歩進んで2歩下がる。
そんな繰り返しです。

新しい自分には新しい自分だからこその課題があります。
そこを乗り越えると、またに自分を好きになる。

そうすると、また新しい課題が・・・の繰り返しです。

100点が理想ではない

自分自身が100%好き!と言っている人がネットにはいます。
キラキラした感じを全面に出して、あなたもなろうよ!と呼びかけていたりもします。

僕は自分自身を100%好きになれる人は居ないと思っています。

瞬間だけを切り取ればありえるかもしれません。
「今この瞬間の自分が大好きだ!」のような。

でも、その状態が続くことはないし、その状態が続くことが当たり前だとするのも危険だと思っています。

好きか嫌いかと言われれば、好きだな・・・と思えるぐらいの自分で良いんです。

心では100点満点の100点を求めています。
でも、現実は100点満点の100点が出る事はありません。

100点が簡単に出ないから、100点を目指して自分を高められるのです。
100点が簡単に出ないから、楽しいんです。

それなのに100点が出て当たり前だと思ってしまうと、自分を嫌いになりますよ。

どれだけ頑張っても100%自分を好きになる事ができない。
そんな自分はダメだ・・・って感じで。

100点じゃなくていいんです。
10点でも良いんです。

その10点の理由は何かを自覚する。
あと90点はどうすれば良いのかを考えて日々積み重ねる。

そうすると、1週間後には11点になってるかもしれません。

11点もあるということ。
1点加点されたということ。

ここが大切なんです。

100点を目指したい気持ちはわかります。

でも、100点じゃなくてもいいんです。
何点でも良いんです。

自己採点は何点で、それは何故かを自覚すること。
それだけで良いんです。

どちらでも良いしどんな自分だって良い

突き詰めると、なんだっていいんです。
今の自分も、過去の自分も、理想の自分も、嫌いな自分も、好きな自分も。

しようとする自分も、しない自分も。
上手い自分も、下手な自分も。

どんな自分でもOKなんです。

でも、そう思えない。
だから変わりたいんですよね。

実際にそんな自分もありなんですよ。

自分にダメ出しをしている自分。
そんな自分もアリなんです。

なぜかっていうと、突き詰めていくと、大抵はあなたの中の”愛”に到達するからです。

僕は、すごくええ恰好しいです。
だからしんどい思いをたくさんしましたし、今もよくします。

だからええ恰好しいな自分を辞めたいと思ってもいますが、ええ恰好しなくちゃいけないよな・・・と思う自分も居ます。

そんな自分も全部「アリ」なんです。

僕がええ恰好しいな理由は、母子家庭で貧乏だという事をバカにされたくないと思った幼少期の想いからきています。

その思いは、母親がそういう想いを言葉にも態度にも出していたのを見て聞いてしていた影響です。

なぜ、母親のその部分の影響を受けたのかというと、オカンの為に何かしなくちゃという自分なりの愛情がそこにあるからです。

だから、そんなええ恰好しいな自分も「アリ」なんです。
そこには自分なりの愛情がはあると知っているからです。

反面、もうええ恰好しなくてもいいと思う自分が居ます。

自身の生い立ちをバカにする人にはさせておけばいいし、バカにする人のために自分の人生を費やすのはバカらしいよな・・・と思うのです。

こういう考えも「アリ」です。

なんだっていいのです。
どちらも、自分の本当の想いですからね。

最終的には、選ばなくてはいけません。
ええ恰好をするのかしないのか。

もしそこで「ええ恰好をしない」を選んだとします。
だからといって、「ええ恰好をしたい」という気持ちがゼロになったわけではありません。

「ええ恰好をしたい」と思う自分もいる。
それでも「ええ恰好をしない」を選んだ自分がいる。

それで良いという感覚です。

そんな「着地点を見つける」というプロセスが成長で、その成長に終わりはないと僕は思うのです。

自分を好きになるとは「緩める」こと

自分を愛するためにあれこれと頑張っている自分がいます。
これからも、自分をもっと好きになるために学んで実践してを繰り返します。

その道のりの途中にいて、まだまだ道は続いています。
そんな今思うのは、自分を愛するというのは”緩める”という事に近いということです。

ギュッと握りしめている拳を緩める。
握りしめているこだわりを緩める。
しがみついている悪縁を緩める

そんな”緩める”を意識的に行うのが、自分を愛するという事だと思っています。

「どうにでもなれ」ではなく「じゃなくても良いかも」です。

そうじゃなくても良いかも。
こうじゃなくても良いかも。
ならなくても良いかも。
違っていても良いかも。

そんな風に思えるようになる練習をするために、色々な問題が訪れるのだと思っています。

あなたがこの記事を読まれているということ。

自分を好きになりたいけど、好きになれるのか半信半疑なのではないでしょうか?

そんな今のあなたに置き換えるとこんな感じです。

今スグに自分を好きにならなくてもいいし、なってもいい。

どちらでも良いんです。
そう思うと、心の中が少し変化しませんか?

緩んだ気がするというか、楽になった気がするというか。

そんな事を1つずつ積み重ねていくのが、自分を愛すると言うことである。

そう僕は考えて今日も生きています。
よければ参考にしてみてください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました